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エスプレッソコーヒーに慣れ親しんだ、イタリアのBAR -バールの話-
皆様、こんにちは。
ミラノでの駐在生活を終え、帰国後早10年強が経過し、今や当然のことながら日本の生活リズムを完全に取り戻しています。しかしながら、今でも名残り惜しいことがいくつかあります。
その一つが、エスプレッソコーヒーに慣れ親しむことにもなった「BAR(バール)」通いという習慣です。
イタリアで暮らせば、老若男女を問わず、大抵の人の生活には必ず「BAR(バール)」が入りこんで来ます。アパートを決める時から、物件エリアのBARを覗けば周辺環境の良し悪しを感じられますし、親切なBARが近所にあるだけで生活の安心感がより増したりもします。自分の場合、結果的に自宅至近に1件、やや離れたところにオープンテラス席やサロンもあって落ち着ける店が1件、事務所至近にも2件の行きつけのBARがありました。
【BAR PASTICCERIA CUCCHI】 エスプレッソはもちろん、軽食も充実しているバーが多いのが特徴。
一方、オフィス至近のBARは午前に1回、大体10時か11時くらいにエスプレッソ(マッキアート)を一杯飲みに行き、お昼もここでスプレムータとパニーノ、エスプレッソ(常連特別価格6ユーロ)をいただき、オフィスとメトロの駅途中にある別のBARでは、外出先から戻って来る際にエスプレッソを一杯やったり、メトロの定期や切手を買ったり、仕事帰りに同僚とアペリティーボのために立ち寄っていました。
自宅近くでも事務所近くでも、これだけ頻繁に利用する店ですから、当然居心地の悪い店からは自然に足が遠のき、いつしか居心地のいい店へ自然と通うようになります。すると、いつしか妙な連帯感というか友好関係が育まれ、同様に通って来る者同士も、そこにいることが当たり前のような仲間意識が芽生え、更に気が合えばいつしか強い友情に発展したりもします。
【BAR PASTICCERIA CUCCHI】 賑わいを感じる店内。食欲も沸いてきます。
日本に戻って、懐かしい東京の生活を再スタートさせましたが、何か物足りなさを感じざるを得ませんでした。無論、どちらの国の生活にも長所短所があり、得るものと失うものがあるわけですが、帰国後の虚無感にも似たこの感覚は、まさに暮らしの中にあった「BARの欠如」によるものだったのです。
夜のつきあいだけの居酒屋でもなく、頻繁に立ち寄るコンビニでもない、朝は一杯のエスプレッソを飲みに、昼は軽いランチを食べに、晩になれば食前酒を飲みに立ち寄り、必ずそこにいる誰かと二言三言の会話を交わしていたBARでの普通の日々が、今から思えば実に味わい深き思い出となっています。
なければないで済みそうであって、実はイタリアの日常生活において、物質的にも精神的にもなくてはならないものなのです。
立ち寄った時の安堵感、気のおけないスタッフ、たわいもない挨拶や会話、癖の如き一杯のエスプレッソ、各々の店のオリジナルカクテル、結構こだわって選んでいるスプマンテ(プロセッコばかりではなくカルティッツィエだったり…)やハウスワイン(ミラノは大体オルトレポー)の慣れ親しんだ味わい、そこに根付く人間関係。大げさと思われるかもしれませんが、いくつかあるイタリア生活の長所の中で、BARの存在は、日常生活に根ざすものだけに大きいものだったと言えます。
帰国が決まった時、取引先や友人、日本人会の送別会に加え、何故か自宅至近の2つのBARでもお店が主催して、各々で常連さんが集まりお別れ会を開いてくれました。よく利用はしたものの、自分も家族も、ここまでしていただける間柄になっているとは思いもよりませんでした。帰国後しばらくして、週末にジョギングをしていた際に偶然プリモディーネというBARを見つけた時は本当に嬉しい思いでした。
ミラノのBARとは色々な面で異なりますが、総じてここはまさにBARです。残念なことは唯一自宅から4kmも離れていることです。歩いて5分のところにあってくれたらと常に惜しまれる程、こちらでいただくエスプレッソは哀愁に満ちています。